人目の訪問、ありがとうございます。 カウンタ設置 2004.9.01

0203 ネーミング術語勉強会メーリングリスト          TOPへ戻る

020302   ネーミング術語勉強会メーリングリストでの話題(1)

井上ひさし『握手』の教材分析・授業報告関連発言まとめ

はじめに  
   このページは、ネーミング術語勉強会メーリングリストで交換されたメールをホームページ用に編集しなおしたものです。主に井上と糸数剛先生とのやりとりなのですが、《ネーミング術語》による教材分析とはどんなものか、生徒にどのように《ネーミング術語》を考えさせるか、生徒はどのような《ネーミング術語》を考えたのか、参考にしていただけると思います。
   どのようなことでもかまいませんので、お読みいただき、ご質問・ご意見をお寄せいただければ、ありがたいです。

       目次   …  小見出しをクリックすると移動できます
 T   教材分析について
 U  『握手』第1時間目の授業報告(パターンその1)
 V  『握手』第1時間目の授業報告(パターンその2)
 W  『握手』全体授業プラン(井上版)
 X  『握手』 エンディングネーミング術語集

T  教材分析について  
 
   ここに公開した、ネーミング術語による「握手」(井上ひさし)の教材分析は、ネーミング術語勉強会メーリングリストでのやりとりを編集したものです。糸数剛先生の編集した『作品別「読みの術語」事典』の教材分析に、私が新しく加えたネーミング術語を2001/03/31にメーリングリストに投稿しました。それに対して、2001/04/01に糸数剛先生が補足コメントをお寄せいただきました。
   教材分析を共同で行う様子がわかるように、私の教材分析を黒字で、糸数先生のコメントを青字でまとめました。お読みいただき、さらに新しいネーミング術語を思いつきましたら、井上までお知らせください。この教材分析をさらに充実させていきたいと考えていますので、みなさんのご協力をお願いします。             (2004.9.1記)

件名    握手(光村三年) ネーミング術語分析 件名   糸数Re握手ネーミング術語分析
発信日時 :2001/03/31 22:06 発信者 :井上秀喜 発信日時 :2001/04/01 08:07 発信者 :糸数  剛

   みなさん、こんばんは。新学期に向けて、ネーミング術語の教材分析をがんばってみました。光村の三年の教材ですが、個人的に好きな作品です。教材文を小分けに引用しながらの分析です。
   糸数剛さんの、ご自身の実践の集大成ともいえる『作品別「読みの術語」事典』を参考に、わたしの気付いたものを合わせてまとめました。どんなふうにネーミング術語の教材研究をまとめていくといいのか分かりませんが、ご検討ください。

凡例   井上ネーミング無印 「読みの術語」事典 (事)印   △部分的ネーミング術語

握手 井上ひさし ネーミング術語分析 井上+(「読みの術語」事典)

 上野公園に古くからある西洋料理店へ、ルロイ修道士は時間どおりにやって来た。桜の花はもうとうに散って、葉桜にはまだ間があって、そのうえ動物園はお休みで、店の中は気の毒になるぐらいすいている。いすから立って手を振って居所を知らせると、ルロイ修道士は、
「呼び出したりしてすみませんね。」
と達者な日本語で声をかけながら、こっちへ寄ってきた。

《ルロイ修道士登場書き出し》《西洋料理店待ち合わせ書き出し》
《ルロイ修道士目立たせ書き出し》(わたしが待っていたのだが、わたしは視点人物としてルロイ修道士の登場を描いている。わたしの存在がめだたなくなっている書き方)

《有名料理店書き出し》(糸数)
 たぶん、「精養軒」のことだと思うのです。これは明治時代の夏目漱石の小説にもよく出てきます。井上ひさしは夏目漱石に詳しくて、きっと尊敬もしていると思うので、同じ場所を自分の小説にも登場させたかったのではないでしょうか。(〈作者論〉)

ルロイ修道士が日本の土を踏んだのは第二次大戦直前の昭和十五年の春、それからずっと日本暮らしだから、彼の日本語には年季が入っている。
「今度故郷へ帰ることになりました。カナダの本部修道院で畑いじりでもしてのんびり暮らしましょう。さよならを言うために、こうして皆さんに会って回っているんですよ。しばらくでした。」
 ルロイ修道士は大きな手を差し出してきた。

《過去の思い出引出し仕掛け1 ルロイ修道士の大きな手》
《ルロイ修道士とわたしの関わり引出し仕掛け》

《過去の思い出引出し仕掛け》はちょっと長すぎる気がします。もう少しすっきりしたネーミングがないでしょうか。

その手を見て思わず顔をしかめたのは、光ヶ丘天使園の子供たちの間でささやかれていた「天使の十戒」を頭に浮かべたせいである。中学三年の秋から高校を卒業するまでの三年半、わたしはルロイ修道士が園長を務める児童養護施設の厄介になっていたが、そこには幾つかの「べからず集」があった。子供の考え出したものであるから、別にたいしたべからず集ではなく、「朝のうちに弁当を使うべからず。(見つかると、次の日の弁当がもらえなくなるから)」、「朝晩の食事は静かに食うべからず。(ルロイ先生は、園児がにぎやかに食事をしているのを見るのが好きだから)」、「洗濯場の手伝いは断るべからず。(洗濯場主任のマイケル先生は気前がいいから、きっとバター付きパンをくれるぞ)」といった式の無邪気な代物で、その中に、「ルロイ先生とうっかり握手をすべからず。(二、三日鉛筆が握れなくなっても知らないよ)」というのがあったのを思い出して、それで少しばかり身構えたのだ。

△「天使の十戒」《児童養護施設の子供を大切にしていること象徴ネーミング》
(どうも子供たちを「天使」としてあつかっていることが感じられるネーミングに思われる)
<ネーミング>《子どもがネーミング》《ネーミングかぎ》(事)
△「べからず集」《時代背景演出ネーミング》(すこし古くさい感じのするネーミング)
<別名>《別名かぎ》(事)
△(見つかると、次の日の弁当がもらえなくなるから)
(ルロイ先生は、園児がにぎやかに食事をしているのを見るのが好きだから)
(洗濯場主任のマイケル先生は気前がいいから、きっとバター付きパンをくれるぞ)
(二、三日鉛筆が握れなくなっても知らないよ)
《理由説明かっこ》《園児の生活の知恵かっこ》《天使園の快適生活演出かっこ》
△「朝のうちに弁当を使うべからず。(見つかると、次の日の弁当がもらえなくなるから)」、「朝晩の食事は静かに食うべからず。(ルロイ先生は、園児がにぎやかに食事をしているのを見るのが好きだから)」、「洗濯場の手伝いは断るべからず。(洗濯場主任のマイケル先生は気前がいいから、きっとバター付きパンをくれるぞ)」、「ルロイ先生とうっかり握手をすべからず。(二、三日鉛筆が握れなくなっても知らないよ)」
《条文》《条文かぎ》《解説かっこ》(事)

△「天使の十戒」《児童養護施設の子供を大切にしていること象徴ネーミング》
(どうも子供たちを「天使」としてあつかっていることが感じられるネーミングに思われる)

これは、そうでしょうか。疑問です。
「光ヶ丘天使園」という園の名前からきたネーミングではないでしょうか。
たしかに全編を読むと、ルロイ修道士が子どもたちを「天使」としてあつかっていたことがわかりますが、ここまではまだルロイ修道士がどんな人かわからないと思います。
むしろ、ここでは、大男でこわい人というイメージです。
この十戒を考え出したのは、要領のよい子どもたちで、内容はむしろ《裏法律》とでも呼びたいようなものです。
内容は、《天使園うまく立ち回りマニュアル》とでも呼びたいものです。
ネーミングに関しては、普通にいえば、《園名づけネーミング》。これでは当たり前すぎておもしろくないですね。
「十戒」に注目して《裏技ネーミング》ではいかがでしょうか。考えすぎかな?


△(見つかると、次の日の弁当がもらえなくなるから)
   (ルロイ先生は、園児がにぎやかに食事をしているのを見るのが好きだから)
   (洗濯場主任のマイケル先生は気前がいいから、きっとバター付きパンをくれるぞ)
   (二、三日鉛筆が握れなくなっても知らないよ)
《理由説明かっこ》《園児の生活の知恵かっこ》《天使園の快適生活演出かっこ》

ここで述べるべきことを、先に書いてしまいました。(糸数)
かっこについていうと、《裏の声かっこ》、《ホンネかっこ》、《じつは…かっこ》(糸数)はいかがでしょう。

この「天使の十戒」が、さらにわたしの記憶の底から、天使園に収容されたときの光景をひっぱり出した。

《過去の思い出引出し仕掛け2 「天使の十戒」》
《ルロイ修道士とわたしの最初の出会い引出し仕掛け》
<擬人法>(事)

△「ひっぱり出した」《思い出したくない過去暗示文末》
この着目はスルドいと思います。
《いやいや表れ文末》(糸数)はどうでしょう。

 ふろしき包みを抱えて園長室に入っていったわたしを、ルロイ修道士は机越しに握手で迎えて、
「ただいまから、ここがあなたの家です。もう、なんの心配もいりませんよ。」
と言ってくれたが、彼の握力は万力よりも強く、しかも腕を勢いよく上下させるものだから、こっちのひじが机の上に立ててあった聖人伝にぶつかって、腕がしびれた。

《ルロイ修道士の元気な姿》《ルロイ修道士のやさしさせりふ》
《ルロイ修道士強烈第一印象握手》

《明快行動描写》《ドラマ風行動描写》(糸数)。いかにも映画などに出てきそうな場面だから。

 だが、顔をしかめる必要はなかった。それは実に穏やかな握手だった。ルロイ修道士は病人の手でも握るようにそっと握手をした。

《ルロイ修道士変化その一》
<伏線>(事)

わたしの場合、文章の途中で出てくるヒントが〈伏線〉で、後にそのヒントの答えが出る部分を《伏線の現れ》と呼んでいます。
そして、この〈伏線〉と《伏線の現れ》の構造をまとめて《隠し構成》と呼んでいます。

それから、このケベック郊外の農場の五男坊は、東京で会った、かつての収容児童たちの近況を熱心に語り始めた。やがて注文した一品料理が運ばれてきた。ルロイ修道士の前にはプレーン・オムレツが置かれた。
「おいしそうですね。」
 ルロイ修道士はオムレツの皿をのぞき込むようにしながら、両のてのひらを擦り合わせる。だが、彼のてのひらはもうギチギチとは鳴らない。あのころはよく鳴ったのに。

《ルロイ修道士変化その二》
△「ケベック郊外の農場の五男坊」<代称>(事)

《アメリカの田舎出身代称》(糸数)

園長でありながら、ルロイ修道士は訪問客との会見やデスクワークを避けていた。たいていは裏の畑や鶏舎にいて、子供たちの食料を作ることに精を出していた。そのために、彼の手はいつも汚れており、てのひらはかしの板でもはったように固かった。そこで、あのころのルロイ修道士の汚いてのひらは、擦り合わせるたびにギチギチと鳴ったものだった。

《ルロイ修道士の育ち現れ行動》《ケベック郊外の農場の五男坊育ちあらわれ行動》
《ルロイ修道士の信条あらわれ行動》《献身的行動第一主義》

「先生の左のひとさし指は、相変わらず不思議なかっこうをしていますね。」
 フォークを持つ手のひとさし指がぴんと伸びている。指の先の爪はつぶれており、鼻くそを丸めたようなものがこびり付いている。正常な爪はもう生えてこないのである。

《過去の思い出引出し仕掛け3 変形左ひとさし指》

あのころ、ルロイ修道士の奇妙な爪について、天使園にはこんなうわさが流れていた。日本にやって来て二年もしないうちに戦争が始まり、ルロイ修道士たちは横浜から出帆する最後の交換船でカナダに帰ることになった。ところが日本側の都合で、交換船は出帆中止になってしまったのである。そして、連れていかれたところは丹沢の山の中。戦争が終わるまで、ルロイ修道士たちはここで荒れ地を開墾し、みかんと足柄茶を作らされた。そこまではいいのだが、カトリック者は日曜日の労働を戒律で禁じられているので、ルロイ修道士が代表となって監督官に、「日曜日は休ませてほしい。その埋め合わせは、ほかの曜日にきっとする。」と申し入れた。すると監督官は、「大日本帝国の七曜表は月月火水木金金。この国には土曜も日曜もありゃせんのだ。」としかりつけ、見せしめに、ルロイ修道士の左のひとさし指を木づちで思い切りたたきつぶしたのだ。だから気をつけろ。ルロイ先生はいい人にはちがいないが、心の底では日本人を憎んでいる。いつかは爆発するぞ。……しかし、ルロイ先生はいつまでたっても優しかった。そればかりかルロイ先生は、戦勝国の白人であるにもかかわらず敗戦国の子供のために、泥だらけになって野菜を作り鶏を育てている。これはどういうことだろう。
「ここの子供をちゃんと育ててから、アメリカのサーカスに売るんだ。だから、こんなに親切なんだぞ。あとでどっと元をとる気なんだ。」といううわさも立ったが、すぐ立ち消えになった。おひたしや汁の実になった野菜がわたしたちの口に入るところを、あんなにうれしそうに眺めているルロイ先生を、ほんの少しでも疑っては罰が当たる。みんながそう思い始めたからである。

《ルロイ修道士の隠された過去》《ルロイ修道士の変わらぬ愛情行動》
《いつしかルロイ修道士の優しさ浸透エピソード》
《非道日本軍エピソード》(糸数)

△「だから気をつけろ。ルロイ先生はいい人にはちがいないが、心の底では日本人を憎んでいる。いつかは爆発するぞ。」《こどもたちの内緒話》
《いかにも考え》、《浅はか考え》、《凡人考え》(糸数)

△ ……《時間の経過点点》《ルロイ修道士の爆発なし点点》
いい所の点々に注目しました。《ルロイ修道士の爆発なし点点》が好きです。
わたしの続きで言えば、《凡人浅はか考えはずれ点々》(糸数)というところでしょうか。


△「おひたしや汁の実になった野菜がわたしたちの口に入るところを、あんなにうれしそうに眺めているルロイ先生」《ルロイ先生の子供たちの食料作りの喜び》
《子ども好きルロイ先生》(糸数)

「日本人は先生に対して、ずいぶんひどいことをしましたね。交換船の中止にしても国際法無視ですし、木づちで指をたたきつぶすに至っては、もうなんて言っていいか。申しわけありません。」
 ルロイ修道士はナイフを皿の上に置いてから、右のひとさし指をぴんと立てた。指の先は天井を指してぶるぶる細かく震えている。

《過去の思い出引出し仕掛け4 右の人差し指立て》
△「ぶるぶる細かく震えている。」《指の震え体力の衰え暗示》

また思い出した。ルロイ修道士は、「こら。」とか、「よく聞きなさい。」とか言う代わりに、右のひとさし指をぴんと立てるのが癖だった。

《右のひとさし指言葉》《注目右のひとさし指》《注意右のひとさし指》
《指言葉その一》《注目人さし指》(事)

「総理大臣のようなことを言ってはいけませんよ。だいたい、日本人を代表してものを言ったりするのは傲慢です。それに、日本人とかカナダ人とかアメリカ人といったようなものがあると信じてはなりません。一人一人の人間がいる、それだけのことですから。」

《ルロイ修道士の人間観せりふ》《ルロイ修道士人間平等主義せりふ》
《教訓せりふ》(事)

「わかりました。」
 わたしは右の親指をぴんと立てた。これもルロイ修道士の癖で、彼は、「わかった。」「よし。」「最高だ。」と言う代わりに、右の親指をぴんと立てる。そのことも思い出したのだ。

《右の親指立て言葉》《OK右の親指》《Good右の親指》
《ルロイの指言葉スムーズ思い出し段階》
《指言葉その二》《OK親指》(事)

「おいしいですね、このオムレツは。」
 ルロイ修道士も右の親指を立てた。わたしは、はてなと心の中で首をかしげた。おいしいと言うわりには、ルロイ修道士に食欲がない。ラグビーのボールを押しつぶしたようなかっこうのプレーン・オムレツは、空気を入れればそのままグラウンドに持ち出せそうである。ルロイ修道士はナイフとフォークを動かしているだけで、オムレツをちっとも口へ運んではいないのだ。

△「わたしは、はてなと心の中で首をかしげた。おいしいと言うわりには、ルロイ修道士に食欲がない。」《わたしの観察力》《わたしの気付き》
《食欲なし描写》<伏線>(事)
△「ルロイ修道士はナイフとフォークを動かしているだけで、オムレツをちっとも口へ運んではいないのだ」《ルロイ修道士の演技行動》《わたしへの心配かけたくない行動》

△ラグビーのボールを押しつぶしたようなかっこうのプレーン・オムレツは、空気を入れればそのままグラウンドに持ち出せそうである。
<直喩>《物の描写で人物の行動を表す》(事)
ちょっとわかりにくいでしょうか。
つまり、「物の描写」の「物」とは、ちっとも手がつけられてないオムレツのことです。
訂正して、《物の描写で人物の状態を表す》(糸数)がよいかもしれません。

「それよりも、わたしはあなたをぶったりはしませんでしたか。あなたにひどい仕打ちをしませんでしたか、もし、していたなら、謝りたい。」
「一度だけ、ぶたれました。」

《過去の思い出引出し仕掛け5》

《かたじけない懺悔》、《おそれおおい懺悔》(糸数)

 ルロイ修道士の、両手のひとさし指をせわしく交差させ、打ちつけている姿が脳裏に浮かぶ。これは危険信号だった。この指の動きでルロイ修道士は、「おまえは悪い子だ。」とどなっているのだ。そして次には、きっと平手打ちが飛ぶ。ルロイ修道士の平手打ちは痛かった。

《両手のひとさし指交差打ちつけ言葉》《しかり指言葉》
《指言葉その三》《危険信号両手ひとさし指交差》(事)

「やはりぶちましたか。」
 ルロイ修道士は悲しそうな表情になって、ナプキンを折りたたむ。食事はもうおしまいなのだろうか。
「でも、わたしたちは、ぶたれてあたりまえの、ひどいことをしでかしたんです。高校二年のクリスマスだったと思いますが、無断で天使園を抜け出して東京へ行ってしまったのです。」
 翌朝、上野へ着いた。有楽町や浅草で映画と実演を見て回り、夜行列車で仙台に帰った。そして待っていたのがルロイ修道士の平手打ちだった。「あさっての朝、必ず戻ります。心配しないでください。捜さないでください。」という書き置きを、園長室の壁にはりつけておいたのだが。
「ルロイ先生は一月間、わたしたちに口をきいてくれませんでした。平手打ちよりこっちのほうがこたえましたよ。」
「そんなこともありましたねえ。あのときの東京見物の費用は、どうやってひねり出したんです。」
「それはあのとき白状しましたが……。」
「わたしは忘れてしまいました。もう一度教えてくれませんか。」
「準備に三か月はかかりました。先生からいただいた純毛の靴下だの、つなぎの下着だのを着ないでとっておき、駅前の闇市で売り払いました。鶏舎から鶏を五、六羽持ち出して、焼き鳥屋に売ったりもしました。」

《天使園飛び出し思い出》《準備周到計画実行思い出》
《終戦直後闇活躍エピソード》、《終戦直後したたか子どもエピソード》、《終戦直後子どもサバイバル》(糸数)

△そして待っていたのがルロイ修道士の平手打ちだった。<擬人法>(事)

 ルロイ修道士は改めて両手のひとさし指を交差させ、せわしく打ちつける。ただしあのころと違って、顔は笑っていた。
「先生はどこかお悪いんですか。ちっとも召しあがりませんね。」
「少し疲れたのでしょう。これから仙台の修道院でゆっくり休みます。カナダへたつころは、前のような大食らいに戻っていますよ。」
「だったらいいのですが……。」

△……《信じられない点点》《疑い点点》

《不安点々》、《言葉につまり点々》(糸数)

「仕事はうまくいっていますか。」
「まあまあといったところです。」
「よろしい。」
 ルロイ修道士は右の親指を立てた。
「仕事がうまくいかないときは、この言葉を思い出してください。『困難は分割せよ。』あせってはなりません。問題を細かく割って、一つ一つ地道に片づけていくのです。ルロイのこの言葉を忘れないでください。」

△「困難は分割せよ。」《ルロイの困難解決法》《ルロイの処世訓》《ルロイの最後の言葉》
《教訓せりふ》(事)

 冗談じゃないぞ、と思った。これでは、遺言を聞くために会ったようなものではないか。そういえば、さっきの握手もなんだか変だった。「それは実に穏やかな握手だった。ルロイ修道士は病人の手でも握るようにそっと握手をした。」というように感じたが、実はルロイ修道士が病人なのではないか。元園長は何かの病にかかり、この世のいとまごいに、こうやって、かつての園児を訪ねて歩いているのではないか。

《ルロイ修道士の再会の目的見抜き》《ルロイ修道士の変化気付き》
《半隠し構成》(事)
《やや伏線の現れ》(事)
△「それは実に穏やかな握手だった。ルロイ修道士は病人の手でも握るようにそっと握手をした。」《前文引用》(事)

「日本でお暮らしになっていて、楽しかったことがあったとすれば、それはどんなことでしたか。」
 先生は重い病気にかかっているのでしょう、そして、これはお別れの儀式なのですねときこうとしたが、さすがにそれははばかられ、結局は、平凡な質問をしてしまった。
「それはもう、こうやっているときに決まっています。天使園で育った子供が世の中へ出て、一人前の働きをしているのを見るときがいっとう楽しい。何よりもうれしい。そうそう、あなたは上川君を知っていますね。上川一雄君ですよ。」

《過去思い出し仕掛け6 上川一雄君》

 もちろん知っている。ある春の朝、天使園の正門の前に捨てられていた子だ。捨て子は春になるとぐんと増える。陽気がいいから、発見されるまで長くかかっても風邪をひくことはあるまいという、母親たちの最後の愛情が春を選ばせるのだ。捨て子はたいてい姓名がわからない。そこで、中学生、高校生が知恵を絞って姓名をつける。だから、忘れるわけはないのである。

《上川一雄君紹介》

「あの子は今、市営バスの運転手をしています。それも、天使園の前を通っている路線の運転手なのです。そこで、月に一度か二度、駅から上川君の運転するバスに乗り合わせることがあるのですが、そのときは楽しいですよ。まずわたしが乗りますと、こんな合図をするんです。」
 ルロイ修道士は右の親指をぴんと立てた。

《上川君にもルロイ修道士の指言葉影響》

《上川君もルロイ感化》(糸数)

「わたしの癖をからかっているんですね。そうして、わたしに運転の腕前を見てもらいたいのでしょうか、バスをぶんぶんとばします。最後に、バスを天使園の正門前に止めます。停留所じゃないのに止めてしまうんです。上川君はいけない運転手です。けれども、そういうときがわたしにはいっとう楽しいのですね。」

《天使園卒業生の活躍=ルロイ修道士の喜び》

「いっとう悲しいときは……?」

△「いっとう」《仙台方言か》(辞書で確認してはいないが、そうではないか)

「天使園で育った子が世の中に出て結婚しますね。子供が生まれます。ところがそのうちに、夫婦の間がうまくいかなくなる。別居します。離婚します。やがて子供が重荷になる。そこで、天使園で育った子が、自分の子を、またもや天使園へ預けるために長い坂をとぼとぼ上ってやって来る。それを見るときがいっとう悲しいですね。なにも、父子二代で天使園に入ることはないんです。」

《天使園卒業生の不幸せ=ルロイ修道士の不幸せ》

 ルロイ修道士は壁の時計を見上げて、
「汽車が待っています。」
と言い、右のひとさし指に中指をからめて掲げた。これは「幸運を祈る」「しっかりおやり」という意味の、ルロイ修道士の指言葉だった。

《グッドラック右手のひとさし指中指からめ指言葉》
《指言葉その四》《グッドラックひとさし指からめ》(事)

《グッドラック指言葉》(糸数)がすっきりしていいかもしれませんね。

 上野駅の中央改札口の前で、思い切ってきいた。
「ルロイ先生、死ぬのは怖くありませんか。わたしは怖くてしかたがありませんが。」
 かつて、わたしたちがいたずらを見つかったときにしたように、ルロイ修道士は少し赤くなって頭をかいた。

《行動描写による心理表現》《逆の立場構成》(事)

「天国へ行くのですから、そう怖くはありませんよ。」
「天国か。本当に天国がありますか。」
「あると信じるほうが楽しいでしょうが。死ねば、何もないただむやみに寂しいところへ行くと思うよりも、にぎやかな天国へ行くと思うほうがよほど楽しい。そのために、この何十年間、神様を信じてきたのです。」
 わかりましたと答える代わりに、わたしは右の親指を立て、それからルロイ修道士の手をとって、しっかりと握った。それでも足りずに、腕を上下に激しく振った。
「痛いですよ。」
 ルロイ修道士は顔をしかめてみせた。

《逆の立場構成》《逆握手構成》

《立場逆転》(糸数)でもよいかもしれません。

 上野公園の葉桜が終わるころ、ルロイ修道士は仙台の修道院でなくなった。まもなく一周忌である。わたしたちに会って回っていたころのルロイ修道士は、身体じゅうが悪い腫瘍の巣になっていたそうだ。葬式でそのことを聞いたとき、わたしは知らぬ間に、両手のひとさし指を交差させ、せわしく打ちつけていた。

《時間の経過エンディング》
《時間経過構成》《いきなり時間がとんで少しびっくり構成》(事)
《伏線の現れ》(事)
△上野公園の葉桜が終わるころ、ルロイ修道士は仙台の修道院でなくなった。
《わたしに再会後すぐ死亡事実》《無理をしても園児にメッセージを贈りたかったルロイ》
△葬式でそのことを聞いたとき、わたしは知らぬ間に、両手のひとさし指を交差させ、せわしく打ちつけていた。
《ルロイの指言葉マスターわたし》《ルロイ修道士の精神引継ぎわたしエンディング》
《象徴行動描写》《指言葉感化》《危険信号両手ひとさし指交差》(事)

感動的な話ですよね。
《隠し構成》が有効な小説だと思います。
《逆の立場構成》が生きていますね。
そして、内容的には、「感化」が重要なポイントだと思います。
それが《指言葉感化》に象徴的に表れていると思います。
                                                【このページの目次へ戻る】


U  『握手』第1時間目の授業報告(パターンその1)

   ここに、公開したネーミング術語は、ネーミング術語を施す学習を始めて間もない生徒たちが考えたものです。教師というのは忙しいもので、十分な授業プランを立てて授業にのぞめないことが多いです。この第1時間目の授業報告(その1)も、そんな授業なのですが、簡単に授業の流れだけ説明しておきます。
(1)全文の範読  (2)一言感想の交流  (3)この小説を〈○○小説〉とネーミングしてみる。
こんな単純な流れの授業です。授業は、2001年05月初めに行ったものです。                        (2004.9.1記)

件名    握手ネーミング術語紹介(1)3年1組 発信日時 :2001/05/10 22:07
発信者 :井上秀喜

握手の一言感想と、この小説を《○○○小説》とネーミングさせたときの記録です。

3年1組 握手一言感想《○○○小説》集 平成13年5月7日
・わけわからん。優君
・よくわかんないところがあった。《一部理解不能小説》麻梨さん
・とてもよかった。《涙小説》和樹君
・すごい長かった。眠くなる。《いい話小説》奈都美さん
・いつも天使園の子を大切に育ててくれるいい人だと思った。とてもクールな人でカッコイイ。《かわいそうな小説》亜佐美さん
・最後の握手がとても心に残った。《最後の握手小説》晃君
・ルロイ先生は、とても良い人だと思った。《とても良い小説》さおりさん
・むずかしい文章があった。《激ムズ文章小説》裕司君
・ちょっと理解できないところがあった。《チョット理解不能小説》
・良かった。《良かった》直斗君
・とても感動した。《親切小説》千明君
・ルロイ修道士は人種差別をしないいい人だった。《とてもすばらしく親切小説》
・いい話だった。《感動小説》佳奈枝さん
・長い話。《長文章》雅一さん
・指言葉を覚えるのは大変そうだと思った。《指言葉小説》
・話の内容がむずかしくてよくわからなかった。《理解に苦しむ小説》智裕君
・感動的ないい話だった。《感動小説》大輔君
・ルロイ修道士の愛情が感じられた。《ルロイ愛情小説》名無しの権兵衛さん。
・昔教わった先生となつかしく思い出話をするのはいいなあ。《思い出ボロボロ》美紗さん
・ルロイ修道士の指の合図がおもしろかったです。《ルロイ修道士の指》有加さん
・オムレツが食べたい。《オムレツ小説》和範君
・長い。《ロング》名無しの権兵衛さん
・ルロイ修道士がとてもいい人だと思った。《遺言小説》隼也君
・いい話でした。《いい話小説》弥生さん
・しんみりした感じの話だった。《しんみり小説》麻希さん
・うーん、なんとも言えない。《「べからず集」小説》
・いい先生。《いい人小説》
・過去と現在が出てきていい話だと思った。《過去現在多出小説》俊輔君
・なんだか感動的な話だった。《感動的小説》由紀さん
・右のひとさし指や右の親指を上げて言葉を表現させるのがよかった。《指あげ小説》

感想の種類分けをしてみると

《読者の評価・話のいい、わるい感想》《第一印象感想》
《登場人物感想・人物特徴指摘感想》《この人こんな人感想》
《作品の特徴指摘感想》
《話の展開指摘感想》                                                                             【このページの目次へ戻る】                                      


V  『握手』第1時間目の授業報告(パターンその2)

ここに、公開した授業報告は、『握手』第1時間目(パターンその2)の発言集です。(パターン1)と違って、握手という言葉から連想する言葉を考えさせましたので、〈○○小説〉というネーミング術語を施すことはできませんでした。また、授業参観での授業であったことも付け加えておきます。        (2004.9.1記)

件名    握手《授業参観発言集》 発信日時 :2001/05/10 22:05
発信者 :井上秀喜

   みなさん、こんにちは。握手の最初の授業の様子を報告します。ただし、時間が足りなかったために、一言感想をネーミング術語にすることはできませんでした。
   授業方法で、発言がなかなかでないときのうまい方法がみつかりましたので、まず、紹介します。

《生徒が生徒指名連続作戦》《生徒指名リレー作戦》です。 

   まず、挙手発言する生徒を指名し、発言が途絶えたところで、発言した生徒が次に発言する生徒を指名して発言者をつなげていくやり方です。友達に指名されたということで比較的次の発言者も発言することに意欲をみせるようです。
  でも、発言できない場合は、次の人に指名させるようにしていきます。( 次の人に指名できて、その人の任務は終了となります。 )私は、こうやって発言の線がつながっていくことを《発言のライフラインがつながっていく》と生徒にいっています。誰かが、自分の発言の後をサポートしていく雰囲気も授業に生み出す効果があるようです。
   このやり方は、四月にはじめてやってみてとても授業をすすめやすくなることを感じました。それも、指名されても友達からの指名で、その友だちを助ける発言になるということでわたしは、「さあ、次は誰が指名されるでしょうね。」などと、生徒の指名される緊張感をあおったりやわらげたりして楽しむ余裕もでてきました。教師にとって次の発言者を指名するのはなかなかむずかしいですからね。

《授業紹介》…………………………………………………………………

3年4組 握手一言感想集 平成13年5月9日 5校時

《握手連想語》
・手・握力・にぎる・汗・仲直り・交流・あいさつ・仲間・仲がいい・拍手・同盟・手をにぎる・手・つなぐ・友だちのあかし・お礼・仲間・指・健闘を分かち合う・友情・相手・友だち・知人・紹介・仲良し・友好・腕相撲・いじめ ・ひらて・がびょう・わかちあい

《一言感想》

・とてもいい話だった。貴広君
・よかった。翠さん
・とてもいい話だった。一史君
・いい話だと思った。昭君
・いい話だったと思う。ルロイ修道士はいい人だと思う。朋子さん
・握手にはこんなにいろんな意味があったんだなあと思った。美保さん
・握手をしているところがとてもよくわかった。
・よくわかんないけど、握手っていいものだと思った。瞳さん
・ルロイさんは、本当に子供が好きなんだろうなーと思った。悠君
・よかった。すごかった。ものすごかった。満君
・ほのぼのとした話だったけど、最後はさみしい話だった。大志君
・いい話だなあと思った。でも感動……って感じじゃなくて、なんか重い。あまり描写のないルロイ先生の感情が、その行動から伝わる。春風さん
・寂しいけど(ルロイ修道士がなくなってしまって)心が暖まる話だったと思う。ルロイ修道士の優しさが伝わってきた。この中にでてくる握手とはとても大切なものだと思う。有加さん
・握手。哲也君
・握手のいろんな意味がわかった。亮君
・長い。
・ルロイ修道士はやさしい人だと思った。幸さん
・ルロイ修道士の手のことがたくさん書いてあった。知佳さん
・握手を通して2人の関係や思いが伝わってきた。幹さん
・握手はたいせつなことだと思った。直紀君
・ねむい。万力にびっくり。《びっくり文章》隼人君
・ルロイ先生の人のよさがわかった。祐基君
・長い。ルロイさんが食欲がなかったり、握手の力が弱かっただけで病気だとわかる『わたし』はすごいエスパーだと思う。まちがってたら失礼だったね。葉月さん

授業のながれ

(1)題名「握手」から連想する言葉《連想語》を出しました。
   まず、《握手連想語》をたくさん出してもらいました。どんな連想があったかというと、《似た音連想語》《手から連想語》
《どんな意味があるか連想語》《どんな人間関係連想語》《動詞連想語》ですね。いろんな連想が大切です。
(2)次に『握手』を読み聞かせしました。
(3)最後に、一言感想を書きました。

   (1)の連想語は、いろいろ出させて、授業の雰囲気を和らげる意味と、題名にこめられた一般的意味合いを感じ取らせるためのものです。
そして、この小説を何度か読んでいって、最後に井上ひさしは、この作品の中でどんな意味を「握手」というタイトルにこめたのか、自分の言葉でまとめさせたらおもしろいと思いやってみました。
   小説のタイトルには、いろんなタイプのつけ方があります。例としてマンガで『クレヨンしんちゃん』は、《主人公のニックネームタイトル》。
テレビで『ダウンタウンDX』は、《番組の進行役お笑いタレント名タイトル》。『握手』は、これとは、違います。《テーマの具体的表現タイトル》《ルロイ修道士とわたしの最初のあいさつ&最後のあいさつタイトル》。
…………………………………………………………………………………………
【糸数剛先生からのコメント】

題名のつけかたについてのネーミング術語ですね。
「握手」は《象徴題材題名》《キーワード題名》《展開アイテム題名》なども考えられます。

「握手」という題名と本文の内容からいろいろなことが読みとれます。

・ルロイ先生の「握手」:初めは強いもの、こわいもの→最後は弱々しいもの、やさしいもの。
  《人物の変化》《ルロイ先生の変化》《健康から病気へ変化》。
・初めはルロイ先生の「握手」に痛い思いをさせられた→終わりはルロイ先生が痛がった。《逆転展開》。
・「握手」:握力を表すもの。→元気のバロメーター。
・「握手」:西洋人にとって出会い、歓迎のアイテム。(初めに入園したときのルロイ先生からの「握手」)。
・「握手」:ルロイ先生と教え子たちの愛情→西洋と日本の友好も意味する。
     
                                                                                                                【このページの目次へ戻る】


W  『握手』全体授業プラン(井上版)       (2004.9.1  編集)  

件名    握手ミニ授業案 井上H13増穂中【長文】 発信日時 :2001/05/19 05:10
発信者 :井上秀喜

握手の授業がほぼ終わりに近づきましたので、これまでの授業の流れをまとめてみます。記憶のあるうちにまとめてみますね。

その前に、糸数さんのコメントに一言です。

> ‖題名のつけかたについてのネーミング術語ですね。
> ‖「握手」は《象徴題材題名》《キーワード題名》《展開アイテム題名》なども考えられます。
‖>
‖> ・《展開アイテム題名》は、私の思いつかなかった部分ですね。この小説の展開上の役割を言いえていますね。

今日、握手の授業をしながら、この小説の話の展開の特徴をうまく表現するネーミング術語を生み出しましたので、ご紹介します。
教材文では次のところです。

ルロイ修道士は大きな手を差し出してきた。その手を見て思わず顔をしかめたのは、光ヶ丘天使園の子供たちの間でささやかれていた「天使の十戒」を頭に浮かべたせいである。

「再開の握手を求めるルロイの大きな手」がきっかけとなり、昔の記憶「天使の十戒」を思い出す展開になっています。何かがきっかけとなり、実にスムーズに昔のことを回想するしかけがたくさん用いられています。そこで《昔の思い出引出しアイテム構成》とネーミングして生徒にそこを指摘させることもやらせました。

> ・《握手のきっかけ人物変化 ルロイ→わたし》
>    《握手へこめるメッセージ送信人物送信内容変化
>       はじめての握手 ルロイがわたしに「もう安心して生活できるよ」
>       最期の握手 私がルロイに「先生、ありがとうございました」「先生、お元気で」》

‖おもしろいです。
‖《握手のきっかけ人物変化 ルロイ→わたし》はちょっとわかりにくい点があります。
‖《人物変化読みとれ握手》《人物変化象徴握手》《人物変化推測握手》などがわかりやすいのではないでしょうか。


《握手のきっかけ人物変化》とは、
「再開の握手」は「ルロイ修道士は大きな手を差し出してきた。」とあるように、ルロイが握手を求めます。
「初めてのルロイとの出会いの握手」も、「ふろしき包みを抱えて園長室に入っていったわたしを、ルロイ修道士は机越しに握手で迎えて」
とあるように、ルロイが握手を求めます。
「最期の握手」は、「わたしは右の親指を立て、それからルロイ修道士の手をとって、しっかりと握った。」とあるように、わたしがルロイに握手をします。
   私は何かこの三つの握手には、握手をもとめる人物には、相手に言葉では伝えられないメッセージを贈っているように思えてなりません。
最期の握手にしても、わたしが今度はルロイの手をしっかり握り、腕を上下に激しく振ったとあるようにわたしには特別な思いがこの握手にこめられているように感じられるのですが。

では、握手の簡単な授業の流れの提案です。

(1)握手連想語をできるだけたくさん出させる。

【握手という言葉のもつ意味合いをいろいろ感じ取らせることができる。授業の雰囲気づくりにもなる。】

(2)一読後一言感想を書き、この小説について《○○○小説》とネーミング術語をつける。

【いくつか実際のものは、すでにこのメーリングリストに報告してあります。いろんな観点からのネーミング術語を引き出すことができる。】

(3)主要な登場人物である「ルロイ修道士」と「わたし」の役割を《○○○人物》とネーミング術語をつける。

ルロイ修道士
《指言葉人物》《中心人物》《私の先生人物》《私に影響大人物》《目立ち人物》《隠し行動人物》《呼び出し人物》《時間きっかり登場人物》

わたし
《ナレーター人物》《ルロイ修道士紹介人物》《目立たない人物》《ルロイの教え子人物》《語り手人物》《話者人物》《脇役人物》《視点人物》
《呼び出され人物》《先に待ち合わせ場所に来ていた人物》

[《私に影響大人物》は、授業の最後にまとめとして付け加えれば、いいかもしれません。例えば、ノートに四角の枠を書かせておいて、授業の最後に、全体をふり返ってルロイ修道士はわたしにとってどんな人物か書いてもらうよと、そのスペースを取っておくのも授業運営の工夫になるかもしれません。《課題先送り学習》です。]

(4)場面ごと読みながらネーミング術語をつけさせたり、《センテンス探し読み》をさせたり、場面の整理をさせたりする。

では、いくつかポイントとなる《ネーミング術語》を示していきます。

《自然物季節あらわし表現》《花季節表現》
「桜の花はもうとうに散って、葉桜にはまだ間があって、そのうえ動物園はお休みで、店の中は気の毒になるぐらいすいている。」

《ルロイと日本の関わり説明》
「ルロイ修道士が日本の土を踏んだのは第二次大戦直前の昭和十五年の春、そけからずっと日本暮らしだから、彼の日本語には年季が入っている。」

《題名「握手」関連表現》
「ルロイ修道士は大きな手を差し出してきた。」《再会の握手を求める手》

《思い出引出しアイテム構成》
「ルロイ修道士は大きな手を差し出してきた。」《アイテム「大きな手」》
              ↓
「その手を見て思わず顔をしかめたのは、光ヶ丘天使園の子供たちの間でささやかれていた「天使の十戒」を頭に浮かべたせいである。
《思い出「天使の十戒」》

[内容整理発問]「天使の十戒」とは、私が昔お世話になっていた天使園の子供たちがしてはいけないルールのことですが、十という数字がついていますので、十ルールがあるのですが、この小説の中ではいくつか紹介されています。では、いくつ紹介されているか、教科書に番号を振りながら数えなさい。

(1)「朝のうちに弁当を使うべからず」
(2)「朝晩の食事は静かに食うべからず」
(3)「洗濯場の手伝いは断るべからず」
(4)「ルロイ先生とうっかり握手をすべからず」

《おおげさ表現》《そんなばかな表現》《ルロイの力強調表現》
「(二、三日鉛筆が握れなくなっても知らないよ)」
「彼の握力は万力よりも強く、しかも腕を勢いよく上下させるものだから、……、腕がしびれた。」
△「万力よりも強く」《井上ひさしオリジナル表現》

《思い出引出しアイテム構成》
「この「天使の十戒」が、さらにわたしの記憶の底から、天使園に収容されたときの光景をひっぱり出した。」
△「天使の十戒」《思い出引出しアイテム》
         ↓
△「天使園に収容されたときの光景」《思い出》

[内容整理発問]「天使園に収容されたときの光景」が、くわしく描かれた部分がP20にあります。さがして四角で囲みなさい。《センテンス探し読み》です。

「ふろしき包みを抱えて〜腕がしびれた。」

《題名「握手」関連表現》
「わたしを、ルロイ修道士は机越しに握手で迎えて〜腕がしびれた。」
《ルロイと私のはじめての握手》《ルロイの歓迎の握手》

《題名「握手」関連表現》
「それは実に穏やかな握手だった。ルロイ修道士は病人の手でも握るようにそっと握手をした。」《再開の握手》
ここは、《人物の変化表現 その一》《後でこの人物変化の原因が判明する隠し構成》

《思い出引出しアイテム構成》
「ルロイ修道士はオムレツの皿をのぞき込むようにしながら、両の手のひらを擦り合わせる。だが、彼のてのひらはもうギチギチとは鳴らない。」
《アイテム すり合わせると鳴らない手》《人物の変化表現 その二》
       ↓
「畑仕事に精を出すルロイの昔の生活思い出」が引き出される。また《ギチギチとなる昔のルロイの手》の思い出でもある。
△「ギチギチと」〈擬音語〉《音まね語》

「そのために、彼の手はいつも汚れており、てのひらはかしの板でもはったように固かった。」
△「かしの板でもはったように」〈比喩〉〈直喩〉

《思い出引出しアイテム構成》
「『先生の左のひとさし指は、相変わらず不思議なかっこうをしていますね。」フォークを持つ手のひとさし指がぴんと伸びている。指の先の爪はつぶれており、鼻くそを丸めたようなものがこびり付いている。」
《不思議なかっこう左の人さし指》《アイテム》
        ↓
天使園の子どもたちのうわさ話が語られる中で、《ルロイ修道士の戦時中の人生》と《ルロイ修道士の子どもたちへの接し方からわかる人柄》が上手に語られる構成になっている。基本的に、思い出話を挿入する中で上手にルロイ修道士の人物像を描く手法がとられている。《人物像紹介思い出話》といっていいでしょう。

《思い出引出しアイテム構成》
「ルロイ修道士はナイフを皿の上に置いてから、右のひとさし指をぴんと立てた。指の先は天井を指してぶるぶる細かく震えている。また思い出した。ルロイ修道士は「こら。」とか「よく聞きなさい。」とか言う代わりに、右のひとさし指をぴんと立てるのが癖だった。」
△「右のひとさし指を立てた。」《ひとさし指たて行動》《アイテム》
         ↓
△「ルロイ修道士は「こら。」とか「よく聞きなさい。」とか言う代わりに、右のひとさし指をぴんと立てるのが癖だった。」
《ルロイの癖 思い出》
△「指の先は天井を指してぶるぶる細かく震えている。」
《ルロイの体力の衰え暗示描写》

《ルロイの人間観せりふ》
「総理大臣のようなことを言ってはいけませんよ。だいたい日本人を代表してものを言ったりするのは傲慢です。それに、日本人とかカナダ人とかアメリカ人といったようなものがあると信じてはなりません。一人一人の人間がいる、それだけのことですから。」
このせりふもルロイ修道士の生き方を知っている読者にも十分説得力のある言葉になっている。《背中で人生を語るルロイ修道士》だけに、たまに語るせりふであるだけに《重みあるせりふ》《ルロイの生き方の象徴せりふ》でもある。

【上のせりふについて】生徒ネーミング術語 増穂中3年4組
《一人一人人間がいるだけせりふ》悠君・直紀君
《抗議せりふ》隼人君
《同じ人間せりふ》知佳さん
《平等せりふ》幹さん
《名言せりふ》健太君
《世界的なせりふ》祐基君
《差別反対国際的せりふ》春風さん
《ルロイの名言せりふ》葉月さん
《傲慢せりふ》美咲さん・貴広君・ななしのごんべえさん
《ルロイ修道士のせりふ》哲也君
《一人の人間尊重せりふ》有加さん
《ルロイの主張せりふ》亮君
《一人一人の人間がいるせりふ》正俊君
《注意せりふ》一史君
《人間的せりふ》朋子さん
《人間せりふ》昭君
《ルロイのせりふ》美保さん

《思い出引出しアイテム構成》
「わたしは右の親指をぴんと立てた。これもルロイ修道士の癖で、彼は「わかった。」「よし。」「最高だ。」と言う代わりに、右の親指をぴんと立てる。そのことも思い出したのだ。」
△「わたしは右の親指をぴんと立てた。」《右の親指立て アイテム》
              ↓
《ルロイ修道士の癖 その二》《思い出》
ただし、これまでと違って、ルロイと再会していろいろな思い出を思いだしているわたしは、この癖をさっと思い出した。もしかすると、この癖を思い出したアイテムは、その前の《ルロイ修道士の癖 その一》と考えたほうがいいかもしれない。あるいは、《ルロイの人生観せりふ》を聞いて《わたしが納得した心理状態》が、アイテムなのかもしれない。

《ルロイの気にかかる行動》《ルロイの演技行動》
「「おいしいですね、このオムレツは。」
ルロイ修道士も右の親指を立てた。わたしは、はてなと心の中で首をかしげた。おいしいと言うわりには、ルロイ修道士に食欲がない。ラグビーのボールを押しつぶしたようなかっこうのプレーン・オムレツは、空気を入れればそのままグラウンドに持ち出せそうである。ルロイ修道士はナイフとフォークを動かしているだけで、オムレツをちっとも口へ運んではいない。」
とくに「おいしい」といっているのに「ナイフとフォークを動かしているだけで、オムレツをちっとも口へ運んではいない」ところが、《矛盾行動》である。《ルロイのカモフラージュ行動》《わたしに自分の病気をさとられないようにする気配り行動》でもある。ここは《ルロイの○○○行動》とネーミングさせるといろんなものが出てきそうである。
△「ラグビーのボールを押しつぶしたようなかっこうのプレーン・オムレツ」〈比喩〉〈直喩〉

《思い出引出しアイテム構成》
「それよりも、わたしはあなたをぶったりはしませんでしたか。あなたにひどい仕打ちをしませんでしたか、もし、していたなら、謝りたい。」
《ルロイの聞き出しせりふ》《アイテム》
          ↓
「ルロイ修道士の、両手のひとさし指をせわしく交差させ、打ちつけている姿が脳裏に浮かぶ。これは危険信号だった。この指の動きでルロイ修道士は、「おまえは悪い子だ。」とどなっているのだ。そして次には、きっと平手打ちが飛ぶ。ルロイ修道士の平手打ちは痛かった。」
《ルロイ修道士の癖 両手のひとさし指交差打ち付け・平手打ち》思い出
このあと語られる《無断で天使園飛び出し事件》も引き出された思い出。

《最期のメッセージせりふ》《遺言せりふ》
「仕事がうまくいかないときは、この言葉を思い出してください。『困難は分割せよ。』あせってはなりません。問題を細かく割って、一つ一つ地道に片付けていくのです。ルロイのこの言葉を忘れないでください。」
△「困難は分割せよ」《ルロイオリジナル格言》
《ルロイオリジナル座右の銘》《ルロイオリジナル名言》
《ルロイの困難解決法》《ルロイの処世訓》《教訓せりふ》

《コピーかぎかっこ》《前に同じ文があるよかぎかっこ》《引用かぎかっこ》
「それは実に穏やかな握手だった。ルロイ修道士は病人の手でも握るようにそっと握手をした。」というように感じだが、実はルロイ修道士が病人なのではないか。
[確認発問]ここのかぎかっこの言葉は、これより前のどこかに出てきます。そこを探しなさい。

《言えなかったせりふ》
先生は思い病気にかかっているのでしょう、そして、これはお別れの儀式なのですね

《上川一雄君紹介段落》《上川一雄君の身の上話段落》
もちろん知っている。ある春の朝、天使園の正門前に捨てられていた子だ。捨て子は春になるとぐんと増える。陽気がいいから、発見されるまで長くかかって風をひくことはあるまいという、母親たちの最後の愛情が春を選ばせるのだ。捨て子はたいてい姓名がわからない。そこで、中学生、高校生が知恵を絞って姓名をつける。だから、忘れるわけはないのである。

《擬態語》
そうして、わたしに運転の腕前を見てもらいたいのでしょうか、バスをぶんぶんとばします。
「ぶんぶん」《スピード運転表現擬態語》
そこで、天使園で育った子が、自分の子を、またもや天使園へ預けるために長い坂をとぼとぼ上がってやって来る。
「とぼとぼ」《元気なし表現擬態語》

《天使園で育った子の幸せ=ルロイ修道士の楽しさ》
「あの子は今、市営バスの運転手をしています。〜けれども、そういうときがわたしにはいっとう楽しいですね。」

《ちょっとした言葉にルロイの気持ち現れ表現》
「あの子」天使園の子供を、自分の子供と思っている。

《天使園で育った子の不幸せ=ルロイ修道士の悲しみ》
「天使園で育った子が世の中に出て結婚しますね。〜なにも、父子(おやこ)二代で天使園に入ることはないんです。」

[まとめ説明]ルロイの楽しみ・悲しみはすべて天使園の子供たちの幸せ・不幸せということになります。そうすると、ルロイの考え方・一番大切にしているものが分かりますね。《自分の幸せより人の幸せ》あるいは《人の幸せ=自分の幸せ》です。

《特殊よみがな》
父子(おやこ)
【この場合は、天使園で育った男の子が、自分の子を預けにきたことが表現されている】

《指言葉》《ネーミング》
ルロイ修道士は壁の時計を見上げて、
「汽車が待っています。」
と言い、右のひとさし指に中指をからめて掲げた。これは「幸運を祈る」「しっかりおやり」という意味の、ルロイ修道士の指言葉だった。

《立場逆転握手》《逆転構成》
わかりましたと答える代わりに、わたしは右の親指を立て、それからルロイ修道士の手をとって、しっかりと握った。それでも足りずに、腕を上下に激しく振った。
「痛いですよ。」
ルロイ修道士は顔をしかめてみせた。

《一気に一年経過エンディング》
上野公園の葉桜が終わるころ、ルロイ修道士は仙台の修道院でなくなった。まもなく一周忌である。わたしたちに会って回っていたころのルロイ修道士は、身体じゅうが悪い腫瘍の巣になっていたそうだ。葬式でそのことを聞いたとき、わたしは知らぬ間に、両手のひとさし指を交差させ、せわしく打ちつけていた。

(4)この小説の題名にもなっている「握手」とは、何か《○○○握手》とネーミングさせる。[《握手連想語》との関連ありまとめになります]

《人との関わり大切握手》《気持ちのこめられた握手》《愛情握手》《メッセージ握手》

                                                                                                               【このページの目次へ戻る】


X  『握手』 エンディングネーミング術語集          (2004.9.1  編集)

件名    握手《○○○エンディング》 発信日時 :2001/05/21 23:29
発信者 :井上秀喜

みなさん、こんばんは。握手の最後のところをネーミングさせてみました。

《一気に一年経過エンディング》
上野公園の葉桜が終わるころ、ルロイ修道士は仙台の修道院でなくなった。まもなく一周忌である。わたしたちに会って回っていたころのルロイ修道士は、身体じゅうが悪い腫瘍の巣になっていたそうだ。葬式でそのことを聞いたとき、わたしは知らぬ間に、両手のひとさし指を交差させ、せわしく打ちつけていた。

《○○○エンディング》3年3組
《バイバイエンディング》ななしのごんべえさん
《思い出に残るエンディング》ななしのごんべえさん
《涙涙の悲しいエンディング》めぐみさん
《ルロイ死んじまったエンディング》ななしのごんべえさん
《感動エンディング》健君・由紀さん
《知らぬ間エンディング》由起子さん
《ルロイさようならエンディング》みさこさん
《一周忌エンディング》紗耶佳さん・優君
《悲しいエンディング》諭君・亮治君・達君・隼人君
《ルロイの死エンディング》紗穂さん
《すごいエンディング》直稔君
《今までありがとうエンディング》裕子さん
《ラストエンディング》希さん
《よくあるエンディング》光彦さん
《かなしいエンディング》麻弥さん・百美さん・尚花さん・優美さん
《バッドエンディング》拓也君
《ルロイ一周忌エンディング》和樹君
《ルロイの思い病エンディング》壮一郎君
《指言葉エンディング》ななしのごんぺえさん

《○○○エンディング》3年1組
《後悔エンディング》千明君
《ルロイとのお別れエンディング》洋彦君・弥生さん・悠さん
《ルロイの人生エンディング》紗矢香さん
《バイバイエンディング》のどかさん
《ルロイがんばったエンディング》裕司君
《お別れエンディング》さおりさん
《ルロイエンディング》雅一君
《ある意味バッドエンディング》智裕君
《悲しみエンディング》大輔君・隼也君・司君
《サヨウナラエンディング》恵一君
《ルロイが死んだエンディング》和範君
《ルロイうそつきエンディング》友貴君
《ルロイさようならエンディング》由紀さん
《ルロイとの悲しい別れエンディング》麻希さん
《後味悪いよエンディング》俊輔君
《感動的エンディング》ななしのごんべえさん
《オサラバエンディング》恵子さん
《ルロイさんさようならエンディング》有加さん
《お前は悪い子だエンディング》未紗さん
《さようならエンディング》和樹君
《泣けちゃうエンディング》亜沙美さん
《ルロイの永遠の別れエンディング》晃君
《泣いちゃうエンディング》奈都美さん・麻梨さん

(4)この小説の題名にもなっている「握手」とは、何か《○○○握手》とネーミングさせる。[《握手連想語》との関連ありまとめになります]

《人との関わり大切握手》《気持ちのこめられた握手》《愛情握手》《メッセージ握手》

                                                                                                              【このページの目次へ戻る】