0111 授業研究からの学び     TOPへ戻る

はじめに
「学びを中心にした授業の創造」を研究主題とする公開授業を参観して気づいたことを以下にまとめました。授業を提供してくださった先生へのお礼と、授業を作り上げる上で重要なポイントの整理もかねたものです。

011101 H19.11.9(金)…久那土中公開「磯野路子」先生の「万葉・古今・新古今」の中三の授業…多様な答えを引き出す課題とは

教科書にはない教材の発見
和歌@ 梅が香に 昔を問へば 春の月 答へぬ影ぞ 袖にうつれる
和歌A 野辺見れば なでしこの花 咲きにけり 吾が待つ秋は 近づくらしも
和歌B 木の間より もりくる月の 影見れば 心づくしの 秋は来にけり

授業構成のはっきりした展開
@和歌を音読する。
A和歌のおよその意味を確認する。
B和歌を比較し、似ている点・異なる点や特徴を見つける。
[三首を、万葉集・古今集・新古今集のどの歌集を載っているか推理する]

国語の学習にせまるための資料の活用
展開AとBに取り組む中で、生徒は、教科書、国語辞典、古語辞典、資料集をさかんに活用している様子が見て取れた。普段から活用しているのであろう。
特に、国語辞典と古語辞典とを併用することで、現代と異なる意味をもつ言葉に自然に気づく場面が、授業の中でも見られた。和歌Bの「心づくし」という言葉の意味が、授業の中で自然に取り上げられていった。

小集団学習の有効性
展開Aのおおよその意味を考える場面で、どの和歌からやっていくのか、みんなで確認してから口語訳を個人的に進めていた。私の観察したグループは、和歌Aから始めていた。時に、辞書で調べるのを分担して「なでしこ」「野辺」を辞書で調べたら、みんなにその意味を伝えて、口語訳を書いていた。自然な形で、学びあっている様子が見て取れた。口語訳が完成したところで、みんなで確認して、和歌Bに取り組んでいた。「もりくる」の意味は、辞書に載っていないようで、意味はとらえられないようであった。「心づくし」については、国語辞典の意味をもとに口語訳を作っていた。
展開Bについては、資料集の関係のありそうなページを見ながら、考えていた。その中で「新古今は、難解。万葉集は、感情のありのままの歌。」という特徴の記述に目を付け、三首の載っている歌集を推理していた。

全体学習での学び合い
磯野先生は、口語訳を発表させながら、一つ一つの和歌のポイントとなる言葉を押さえて意味を確認していた。
和歌Aでは「なでしこの花」を辞書で調べた内容を問い、写真を用意して具体的に視覚的にイメージを作らせていた。
和歌Bでは「心づくし」の意味を押さえて、「いろいろと気をもむ」という古語独自の意味を押さえていた。
和歌@では、「うつれる」が「移れる」か「映れる」かの違いを押さえていた。
とくに、教師が発問したわけではないが、押さえたい部分をとらえることができたと感じた。
そういう意味では、授業展開の流れが、生徒の学習の流れに沿っていたということができる。いろいろなせまり方で、課題に取り組むことができる教材であった。

生徒の発想のユニークさ
和歌@の「袖にうつれる」の「うつれる」の意味を「移れる」か「映れる」かで全体学習で意見交換をしている場面で、「移れる」派の生徒のつぶやきに、ユニークな見方ができるんだなあと感じた。それは、「袖」を「雲のたとえ」ととらえて、月の光が、雲にさえぎられたところを、「月が雲(=袖)に移った」と解釈したと、私は生徒のつぶやきを読みとった。象徴的な表現が特徴ということをもとに、そのような発想が出てきたのかも知れない。

教材づくりの難しさ
和歌@・和歌A・和歌Bともに、口語訳ができたとしても、私自身なにかよく分からない部分がある。
和歌@の口語訳は、「梅の花は今も昔に変らず薫る/ああ あの懐かしい昔を覚えているかと/おもわず問うても/春の月はだまって答えず/ただ光だけが袖に映っている」(大岡信)。
「梅の香り」と「昔を問ふ」関連性はなにか? 
なぜ月に昔を尋ねるのか?
そういったわからないところを、生徒の実感を通して出し合い、解決できないなぞについて、生徒に自由に創造で補ってみさせたらいかがであろうか。ユニークな発想がみられるかもしれない。
こういったことにチャレンジすることもあってもよいだろう。

(2007.11.25記)


人目のご訪問、ありがとうございます。 カウンタ設置 2007.11.25