010108 読み研大会資料からの学び         TOPへ戻る

はじめに
この教材は、記録文なのか、説明文なのか、考えるために、時間の順序で書かれている部分に水色のラインマーカーを施してみた。
このページは、/岩崎成寿氏の説明的文章「千年の釘にいどむ」からの学び/というページにもリンクしているので、あわせてお読みいただきたい。


01010802  教材研究  千年の釘にいどむ  内藤誠吾

1 千年先のわたしたちの周りはどうなっているだろう。あのビル、あのマンション、そしてわたしたちの住んでいる家々。きっと、かげも形もないだろう。人間のつくったもので、千年以上先までそのままの形で残っているものを見つけるのは、きわめてむずかしいにちがいない。

2 ところが、古代の人々はそれを成しとげた。奈良には、世界でいちばん古い木造建築がある。法隆寺は千四百年。薬師寺にある三重の塔、東塔が千三百年。コンピュータもブルドーザーもなかった時代に、古代の職人たちは千年たってもびくともしない建物をつくりあげたのだ。

3 薬師寺では、一九七〇年、大がかりな再建計画がスタートした。 できた当時の薬師寺には、東塔と西塔、御本尊をまつる金堂、おぼうさんたちが修行する大講堂など、七つのすばらしい建物が空に向かってそびえ立っていた。それが戦国時代、戦火のために、東塔をのぞくすべての建物が焼失してしまった。これらをすべて、古代の建て方とできるかぎり同じ方法で、現代に再現しようというのだ。完成するまで、何十年もかかる大事業だ。

4 どうしたら、古代の人々に負けないものをつくれるのか。一流の職人たちが日本じゅうから総動員された。建物をつくる宮大工。かわらを作るかわら職人。そして釘を作るかじ職人にいたるまで。

5 この、釘作りを任されたのが、四国のかじ職人、白鷹だ。千年たってもびくともしない建物をつくるには、釘も千年はもつものを作らなければならない。白鷹さんはまず、古代の釘と現代の釘が、どうちがうのかを調べることから始めた。調べてみて初めて、古代の釘の見事さにおどろいた。


6 「釘なんて、いつの時代でも同じではないのか。」そう考えるかもしれない。しかし、それはちがう。今の釘の寿命は、せいぜい五十年。それ以上になると、空気や水にふれたところからさびて、くさってしまう。今の日本の木造家屋は、三十年ぐらいで建てかえをすることが多いから、これでもさしつかえない。ところが、千年ももたせる建物には、こういう釘は使えない。

7 写真の、古代の釘を見てほしい。これが釘かと思えるほどの大きさではないか。長さが三十センチメートルもある。それだけではない。材料の性質もちがう。古代の釘も現代の釘も、材料が鉄であることは変わりはない。しかし、現代の鉄は、製鉄所で作られるときに大量生産と加工がしやすいように、いろいろなものが混ぜられる。つまり、鉄の純度が低いのだ。これに対して、古代の鉄はどうか。古代の鉄は、砂鉄を原料に、たたらという特別な方法で、何日間も火を燃やし、何回もたたき直して作られた。こうして作られた鉄は、きわめて純度が高い。純度の高い鉄は、さびにくい。千年たってもさびてくさらない。白鷹さんは、現代の方法で作られた鉄を使っては、求めている釘を作ることはできないと思った。製鉄会社に相談して、特別に純度の高い鉄を用意してもらうことにした。


8 白鷹さんは次に、古代の釘の形に注目した。古代の釘は、よく見ると不思議な形をしている。先からだんだん太くなって、頭の近くになるとまた細くなっている。そして、真ん中から先にかけては、表面がでこぼこしている。どうしてこんな形になっているのだろう。白鷹さんは調べてみて、驚くべきことを発見した。釘と木材の関係だ。古代の建物に使われているのは、樹齢千年をこえるヒノキだが、ヒノキのせんいには、圧縮されたら元の形にもどろうとする性質がある。三十センチメートルもある大きな釘を打ち込まれたときも同じことが起こる。少し細くなっている釘の頭のほうや、でこぼこしている先のほうは、打ちこんだときに釘とヒノキの間にわずかなすき間ができる。ヒノキのせんいは元にもどろうとしてふくらむから、やがてすき間はうまってしまう。こうなると、もう釘はぬけない。仮に頭の部分が空気や水にふれてさびてしまったとしても、釘の本体はヒノキにぴったりとくっつき、確実に木をつなぐ役目を果たすことになる。


9 白鷹さんは形だけでなく、釘のかたさにもひみつがあることを発見した。釘はかたすぎてもやわらかすぎてもいけない。やわらかいとしっかりヒノキにつきささらないし、かたすぎると木のせんいや節をつぶしてしまう。釘がじょうぶでも、木をだめにしては、元も子もない。

10 白鷹さんはかじ職人だから、鉄に炭素を混ぜてたたくと、かたさを変えられることを知っている。白鷹さんは炭素を混ぜる分量を少しずつ変えて、実験してみた。最初の釘はかたすぎて、打ちこむと節をつきぬけてしまった。節がわれて、その周りの木のせんいまでいためている。これでは、木材自体が長くはもたない。次の釘は、少し炭素を減らして作ってみた。打ちこむと釘はまっすぐささっていく。とちゅうで節にぶつかった。すると、この釘はおどろいたことに、節をわらないように、ぐるりとその節をよけて曲がった。太い鉄でできた釘が、生き物のように節をよけたのである。古代の職人たちは、ちゃんとこのことを知っていたのだ。


11 白鷹さんは、なっとくのいく釘を完成させるまで、何本も何本も作り直した。薬師寺の工事が始まって、釘を宮大工の人たちにわたすようになってからも、改良を続けた。そうして、これまで二万四千本もの釘を作ってきた。それでも、白鷹さんは、もっといい釘を作ろうとしている。 千年も前のかじ職人たちは、歴史に名を残すこともなく去っていった。それでも、すばらしいことをやりとげた。この職人たちに、負けるわけにはいかないのだ。
「千年先のことは、わしにも分からんよ。だけど、自分の作ったこの釘が残っていてほしいなあ。千年先に、もしかじ職人がいて、この釘を見たときに、おお、こいつもやりよるわいと思ってくれたらうれしいね。逆に、ああ千年前のやつは下手くそだと思われるのははずかしい。笑われるのはもっといやだ。これは職人というものの意地だね。」

12 白鷹さんは笑った。千年前の職人たちも、同じことを思っていたのかもしれない。


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